2012年02月26日

子育て広場『すくすく』より〜子を思う母のこころ〜

 当たり前の事かも知れませんが、こどもと親は同じ人間ではありません。
遺伝的に似通った性格や体質は持っていても完全に同じではないし、
どのように目を凝らし、理解しようと努めてもその内面をすべて、そのまま共感することは
できないのです。
 しかし、こどもと向き合うことの多い母親は、知らず知らずの内に、
こどもを自分の常識の範囲の中で判断してしまうことが多いのではないでしょうか。
たとえば、こどもの中に自分には無い一面を見つけて不安になったり、自分に理解できない行動を
とれば、問題だと考えたり。さらには、他のこどもや不確かな情報と比べて、安心したり・・・失望したり。
 本当は、親と同じである必要もなければ、他のこどもと同じである必要もないのですが、
時として私達は安心を自分の内側にではなく、外側に求めてしまう傾向があるようです。
 私もまたそのような経験がよくあります。
最近では、1歳10カ月になった息子の心の成長に戸惑い、その成長を喜ぶよりも先に要らぬ心配ばかりをしていました。
おそらく、自分の頭の中でその心の変化を理解して、母親として今の息子に一番良い関わり方を
導きだしたいと躍起になっていたのかも知れません。
でもこどもからしてみれば、そんな勝手な計らいごとは迷惑なだけかも知れませんね。

この文章を書いている時、ふと、金子みすずさんの“さびしいとき”という詩を思い出しました。
『さびしいとき』

わたしがさびしいときに、よその人は知らないの。

わたしがさびしいときに、おともだちは笑うの。

わたしがさびしいときに、おかあさんはやさしいの。

わたしがさびしいときに、ほとけさまはさびしいの。

 こどもを理解したいと思う母のこころはとても美しく、大切なものです。
しかし、すべてを理解することは到底できることではありません。
そして、それが行き過ぎれば過干渉や束縛になることもあるでしょう。
母の愛が自己愛ではなく、純粋に慈愛に満ちたものであること。
ありのままのこどもの存在を認め、見守り、信じてあげることこそが、母の大きな役割なのかも知れませんね。




posted by いるかくらぶ at 02:25 | Comment(0) | こもれびのへや(いるか助産師) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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