2011年06月06日

いるか広場

5月 いるか広場

私たちの心は絶えず動き回り、休まることを知りません。
心は常に何かをつかみ、感情という波を立てています。
心とは一体何なのか?
多くの人がそんなことを意識することもなく、毎日を過ごしているのではないでしょうか。

例えば誰かと話をしている時でも、話を聞きながら心の中で自分の意見をいっていたり、違うことを思い描いていたり…。心を空っぽにして、何も思いを起こさずに、相手の話にだけ集中して聞く。
こんなことでも意識してやってみると、なかなか難しいのです。
それだけ普段私たちは無意識に心を働かせ、気付かないうちに心に振り回されています。

ヨーガの実践は、アーサナ(ヨーガのポーズ)・瞑想だけでなく、日常生活のすべてが実践となります。心の波を静め、目の前のもの、または心の一番奥の“本当の自分”に集中していく訓練を、日常生活の中でも繰り返し繰り返し行っていきます。
誰かのために、何かしたいとか何かしようと思う時、私たちはつい心を働かせて考え、言葉を発し、行為します。初めは相手のために…と思っていても、こんなことを言ったらどう思われるかなど、いつの間にか「私」が主体になっていることもよくあります。計らいが邪魔をして、純粋な思いが見えなくなっています。
本当に相手のためになることとは、自らの心を静め相手に集中し、心を空っぽにした時に初めて見えてくる、直観として感じることができるのです。

生活の中で自分の思いを一つひとつ識別していくことは、とても重要であり、次第に私たちの心の余計なものを無くし、軽やかにしてくれます。
正しい識別をしていくためには、まず真理を学ばなければなりません。
真理を学び、どんな時も変わることのない、正しい見方を知っておくことが必要になります。
識別をしていくと、ほとんどの場合が真実を見失っているが為に、心が過去の経験や記憶など、個人的な観念と状況や環境などの条件によって動いていることが見えてきます。
思いを識別し、棄てていくことで個人的な感情はどんどん薄れていき、本当に大切なものだけが残っていきます。
地道な作業ですが、積み重ねていくことで心は次第に変化していきます。

子育て中は特に、不自由を感じることも多く、体も疲れているために心は乱れやすくなっています。
少しでも余計な思いを捨て、軽やかな心を保てるように、「いるか広場」では、みんなでどうしたらいいか話し合っています。日常で感じる些細なことでも、共に考え分かち合える場所です。
是非一度、参加してみてください。

“本当の自分”は誰もの中にあり、それだけが真実であるといわれています。
“本当の自分”は永遠であり自由であり愛そのものであると。
愛そのものである私たちの本性が、いつの日か輝きだすことができますように。

平井 亜佐美



posted by いるかくらぶ at 22:55 | Comment(0) | いるか広場 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月28日

4月のいるか広場

ヨーガでは誰もの中に本当の私が存在するといわれています。
その存在は永遠であり自由であり幸福であり、愛そのものだといわれています。
ヨーガは決してアーサナ(ヨーガのポーズ・形)だけではなく、この誰もの中に存在する本当の私を見つけるための道です。

アーサナを丁寧に行うことで呼吸が変化し、次第に深い呼吸になります。
呼吸が変化することで心が落ち着き、静まっていきます。
これはよく緊張した時に深呼吸することと同じで、心と身体と呼吸は密接に繋がっており呼吸をゆっくり深く丁寧に行うことで心のざわめきは静まるということです。
しかし毎日アーサナを行っていくにも忍耐が必要になります。
なにをするにせよ、ものごとを続けていくには「どうありたいか・どうなりたいのか」といった目的を自分の中ではっきりさせておかなければなかなか続けていけません。

その点ヨーガにおいてはその目的・目指すところがはっきりと示されています。
後は自分自身の目的へと向かって行く情熱と信念、そして勇気をもって実行していくことです。

誰もが自由や幸福を求めていますが、この世は諸行無常で刻々と変化してやみません。
幸せを見つけたと思っていてもその幸せは永遠ではありません。
いつの日か苦しみに変わることもあれば、また次の幸せへと次々に求め続けていきます。
いつになったら、永遠の幸せが訪れるのか。
ヨーガの実現によってのみ永遠の幸せを得ることができるのです。
しかしそれは決して利己的な個人的な幸福ではありません。
ヨーガは同時に他者への献身奉仕も説いています。
本当の幸せは「私」と「私のもの」という自我・エゴが完全に消えたときに現れます。
日々他者のために、相手への善きことだけを思い・語り・行為する。
これは決してヨーガの教えだからという特別なものではなく単純に相手への純粋な思いやりという、純粋な愛なのだと思います。
私たちが忘れていただけで、本当は当たり前のことなのです。

初めはアーサナによって身体を楽にしたい、疲れを取りたいというところからでも構わないと思います。
淡々と続けていくうちに心が安定し、不安や悩みが薄れていくことを実感できます。
大きな苦しみを経験しなければなかなか本当の幸せを求めることはないのかもしれません。
それでも一人でも多くの人にヨーガを深めていって欲しいと願います。


平井 亜佐美
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2011年04月06日

3月の「いるか広場」

今なにをするべきか?

3月11日に起きた東日本大震災。
皆さんはどのように受け止め、どのように今を生きていますか?

あまりの大きな自然の力に驚愕された方も多いのではないでしょうか。
そしてたくさんの方が犠牲となり、被災された方々は多くの困難に直面されています。
犠牲者の方々・ご遺族の方々に心よりご冥福を捧げるとともに、被災者の方々に心より
お見舞い申し上げます。少しでも早い被災地の復興を、今を精一杯生きておられる方々に
少しでも安心と希望がありますことを願ってやみません。

たくさんの悲惨な映像がテレビなど報道を通じて伝えられ、それらを目にしたとき
私たちは悲しみ、なにか自分にできることはないかと問うことでしょう。
しかし震災に直面していないものとして、なにかしたいと思ってもなかなか手の届かない
現実を知ります。
義援金、支援物資、祈り。
そして自分自身の今を精一杯生きること。真剣に生きること。
私たちは自分の手の届くところから行っていくことしかできません。

ただ報道を見て感情的になり情報に振り回されては大切なものはなにも見えてきません。
今一度どう生きるかを真剣に考え直す、自分自身をもう一度しっかりと見つめなおす
機会になったのではないでしょうか。
過剰にものを欲しがったり、蓄えたり、便利さゆえに本当の豊かさとは何かを
忘れてしまっていたことに気づく時なのでしょう。
今こそ、命を、生きることを、自分とは何かを考えるときなのです。
私たちはたくさんいらないものを抱えて生きています。それはものだけではなく心もです。
シンプルに生きたいと改めて思いました。

自分自身や自分の周りでなにか大きな出来事が起こった時に、動じることなく、
感情的になることもなく、冷静で正しい判断ができるようにありたいと思います。
そのためには「私」というエゴ的な思いなどを少しでも無くし、自分を純粋に
していくことしか結局できないし、それしかないのです。
そしてそれは日々ヨーガを学び実践していくことです。

私たちは生かされています。
今ある命に感謝して、この命を精一杯生きたい。
与えられているものに感謝して、愛と調和をもって生きていきたい。

私自身どう生きるか、どうあるかを真剣に問う3月でした。



                         平井亜佐美




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2011年03月07日

2月のいるか広場


愛によって豊かになる。
愛によってとは愛されることではなく、愛すること。
見返りを求めることのない愛。純粋な愛を捧げること。

そのためには、自分の感情を放棄する。
自分の癖(怒る所とか)、悪い癖を見つめて正していく。
自分の心(感情)を客観視する。

これって簡単におっしゃいますが、なかなか実践していくのは難しい。
と勝手に思い込んでいる私がいるようです…。


2月の最終日、28日のいるか広場は、蒸しパン屋さんのご主人とかわいいお嬢ちゃんが初参加でした。

吉祥の御縁でしょう。いろんな御縁を頂いて、少しずつ参加される方が増えてきました。
嬉しく思っています。深く感謝しています。


家庭とはまさに「愛を学ぶための装置」であり、愛を実践していく絶好の場所だと思います。
特に「母親の立場は最高の非利己性を学びかつ実践していく唯一の場である」といわれます。
悪い癖(利己的な感情など)が出てくるたびに実践していく。
その都度、自分ではなく相手を優先する。

今自分の中にある欲や惰性も自分の中でまず許すこと、認めること。
その上でその都度いいものを選択していく。
欲や負の感情は愛を実践することによって薄れていきます。
すべては「本当の自分への気づき」なのだから、良くなかったことや失敗もすべてOKにしていく。

私たちは苦しみを悪いものとして避けてしまいがちです。
しかし苦しみは決してネガティブなものではないのです。
私たちが豊かによりよく生きるために苦しみがあるのでしょう。
苦しみを乗り越えていくことで私たちは成長していきます。
このことは多くの方が何らかの経験があるのではないかと思います。

苦しみを避けることなく正面から向き合い受け入れる努力と勇気が必要ですね。
(こちらも一読ください いるかくらぶ 田原悦子 ブログ)
いるか しあわせ宅配便 http://et-iruka.blog.ocn.ne.jp/blog/2011/03/post_1a58.html


愛を動機に、愛するが故に他者への愛に生きる。


そんな私になりたいと思いました。

自分の中に「しっかりと確たるものを」と思った時、それは永遠でなければならないし、絶対変わらない普遍的なものでなければならない。そうでなければもう満足できなくなりました。

なにはともあれ、一歩一歩、その瞬間をしっかりと生きて、前に向かって行くのが大切ですね。
私たちはついつい弱い方へ向かってしまいがちです。
弱いからこうしてみんなで確認し合える場所があることに心から感謝しています。

感謝の気持ちは感情ではなく愛の表れですね。
3月もみんなで分かち合えたら嬉しく思います。



平井 亜佐美
posted by いるかくらぶ at 11:43 | Comment(0) | いるか広場 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月20日

1月 いるか広場

今、私たちは生きています。

しかし本当に「今」を生きているのでしょうか?



妊娠・出産を経て子育てへと進んでいく中で多くの人が様々な不安や不自由感を感じることと思います。

なんで、どうして、こんなはずじゃなかったのに…。心は勝手に喋り出し、出口が見えずに悲観的になったり、逃げたくなったり、自分を責めたりしてしまいます。

でも私たちは、赤ちゃんはそんな風に苦しむために産まれてきたのではないはずです。

みんな幸せになるために産まれてきたはずなのです。



思いが思いを作り出し心が不安や苦しみで覆われてしまうとありのままがどんどんみえなくなってしまいます。

「今」自分は何に不安を感じているのか?何に対して不自由と感じているのか?

意外と心は過去の出来事に執着して(過去の自分と今を比べたり、終わったことをまだ抱えていたり)未来を勝手に想像し思い煩っていることが多いように思います。

気がつくと「今」に心がないことが多くありませんか?



「今」目の前にあるものへの与えられた歓び。

私たちはついつい不足を求めてしまいがちですが、足りていると知ることが大切なように思います。

それに気づくことができれば周りへの感謝がわいてきて心は平安で幸せを感じられるのではないでしょうか。



私もまだまだ心ここにあらずの時が多々ありますが、その都度思いを「今」に向け、与えられた歓びを忘れず今この瞬間をしっかりと生きていきたいと思います。


「ですから自分をより良くしていこう、そのためには過去や未来、さまざまな誤った想念ではなく、今できること、今、目の前にあることをやっていく、行為していく、そういうことに慣れてくれば、本当に心はいろんなプレッシャーから解放されます。はっきりいって心が重荷に感じている、あるいは心が叫びを上げるほとんどの原因は、過去に経験した記憶、そしてそれに伴う未来への不安なのですから。」
    サットグル・シュリー・マハーヨーギー・パラマハンサの言葉


マハーヨーギー・ヨーガ・ミッションのホームページより引用
http://www.mahayogi.org/teaching/jiyu2.html





出産直後などは特にホルモンの乱れもあり心が不安定になりがちです。とても苦しいときに一人で頑張ると悪循環に陥りがちです。

苦しい時こそみんなで集い、良いことも悪いことも共に分け合い分かち合いながら共に育っていきましょう。

平井亜佐美

posted by いるかくらぶ at 22:45 | Comment(0) | いるか広場 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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